師に習う意味。

昔は古武術や中国武術は書籍しか無くて、写真や絵じゃ動きは解らないし説明通り真似しても合ってるんだか違うんだか分からず大変だった。

 

今はネットに動画は溢れてるし、詳しい説明も使い方もある程度調べられる。

 

自分なんかも色々観ていると良い勉強になる。

 

刺激ももらえるし、気づきも有るし。

 

でも、動画を観たり理論を勉強してるだけの人で武術を身に付けた人はいないんじゃないかなぁ。

 

もしいたら、かなりの天才か?。他の事で下地がある人。

 

何故、あれだけ情報があって身に付けられないのか?

 

他のスポーツもそうじゃないかなぁ?

 

人に習うのは動きや理論をベースにした、身体操作のイメージだから。

 

理論的に伝えようが、感覚的に伝えようが、スポーツのコーチングは教える方のイメージを教わるほうがどれだけ受け取れるかだと思う。

 

教える方も、誰かから受け取ったイメージを自分の中で育てて人に伝える。それが伝統。

 

一部の天才を除き人は何もないところから、洗練された物は生み出せない。

 

例えば、皆んなが使っているスマホ。

 

天才スティーブ・ジョブズが彼のイメージを形にした。

 

それ以前と以後では皆んなのイメージは全然違う。

 

i Phoneの機能、使い勝手を見て触って、そのイメージを身に付けた人がたくさん出て来たから。

 

やがてAndroidが出来て凄い勢いで進化してる。

 

話は変わって。

今、武術や格闘技にも沢山の流派や団体があり、教えてる人や個人によっても技術や戦術ががう。

 

よく、どれが一番強いか?って話になるけど(笑)

 

ナンセンス!

 

強いっていうか、有利不利は状況や舞台で180度変わるし、もしルールや

状況を統一しても人によって、また個人の工夫によって同じ流派が強くも弱くもなる。

 

多様性!

 

それが正しい姿だと思う。

 

水が流れるように伝統武術も個人の工夫によって変化して行くべき。

 

勿論、骨格となる套路や稽古法は絶対に必要だけれど。

 

そういう意味では時代によって注目される流派が違ったり、強い人が多岐にわたる流派から出てきたりする今の状況は、正しいと思う。

 

ダメなのは、伝統を重視するあまり思考停止すること。

 

どの流派も伝統的な套路や稽古法はシステマチックに優れたものが多い。

 

でも、そこでとどまっては勿体ない。

 

それを身に着けた上で自分の工夫で実用的に変えていく。

 

そこが本当に面白い。

 

うちの生徒さんには、一日も早くうちの流派の基礎と身体操作のイメージを身に着けてもらい、自分なりのスタイルを工夫、確立していってもらいたいなぁ。

 

では!

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